2001年12月5日 カイロ

エジプトに来る前、エジプト人に対し いろんな話を 聞いていた。
 道を尋ねれば 民衆は「お金」と。道を聞かなくても 寄ってきて ひつこく声をかけてくる。そして非常に 無礼な行為をしてくると。もう ホントに最低の国民だと。僕は その覚悟でこの国にやってきた。

 空港に着き、ホテルまでのバスを探す。ガイドブックを持ってなく、とりあえず パッカーの中で超有名 日本人宿、サファリへ。
 以前、行き方を 聞いていて メモしてたのだけれど、どうやら そのバスナンバーを聞き間違えたらしい。探しても そのナンバーのバスはまったくない。地図も無い 困った。噂のなかでの最低エジプト人に しょうがなく聞いてみた。30歳ぐらいの おニイちゃんは、「ごめん、その住所わからない。」とだけ 言って お金は要求してこなかった。意外に思いもながら、次は年配の女性に聞く。彼女は 宿近くに行く バスナンバーを知っていて、親切にも乗り場まで連れていってくれた。 あれ? 話と違うな・・・ と、バスに揺られながら、 エジプト という国を 偏見で決め付けては いけないな。ゆっくり この国を模索していこう。 と考えた。

 カイロ市は 思ったより大きくて 都会で、カイロ市民は 思ったより豊かそうで、ナイル川は思ったより 小さかった。サファリに着くと エジプトに関する情報を一気に手に入れる事ができた。さすがである。情報ノートが素晴らしかった。
 そして、ここには 落武者として有名(髪を伸ばし 額から つむじらへんまでは 剃ってある、まさに落ち武者)な 1年間半 滞在している 丸山さんを筆頭に 『生活向上位委員会』なるもなが あり 、宿自体は汚いのだが、貧乏旅行者には 居心地のいい空間があった。

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