2001年9月8日 グラナダ

セビリアは、なかなかよろしい街だった。

やはり、苦しいときに必要なのは ”人” なんだなと実感した。

もともとの知り合いの4名がその研修にいたのだが、初めてあった方にもだいぶ精神的に助けられた。その研修グループのガイドをなさっていた丸山さ んという方もその1人だった。僕はお金を払っているわけでもなく、お客さんでもな いのに、時間が空いたときに、セビリアの夜を観光に連れって行っていただき、そしてみんなが空港から去っていった後も食事をごちそうになって お話を聞かせてもらった。また、まゆみさんというこちらに住まわれている方も紹介していただき、この方ともお話をし、スペインに魅せられたお2人のお話を聞いているうちに、なんかこの国が好きになりそうに思った。  まだ1週間もこの国にいないが、スペインにはアジアのような空気が流れているような。本能で生きるという。ヨーロッパ人という変なプライドをもっている人は少なく、陽気に笑顔を絶やさず生きている。おいしいものを安く食べる。昼間にシエスタと いうお昼寝の時間がある。すごく居心地がよい場所に感じてしょうがない。(でも日本人専門に首閉め強盗がでるという。バルセロナ、マドリッド除く。)

つい最近、朝日新聞を何ヶ月かぶりに読んだ。カシミールでまた人が大量に殺されたり、カスピ海に石油が湧いたり、イスラエルでまだドンパチやっていたり、今まで遠いと思っていた所の記事に「世界は動いてるんだな」と、すごい身近になって思えた。新聞がすごい貴重なものに思え、1日中、端から端まで何回も読み漁った。そして、いろんな事を考えた。テレビ欄もあった。デビ夫人が相変わらず誰かと喧嘩したのをタイトルにしたり、慎吾ママは世界を救うというタイトルをみていると 「なんと、くだらないんだ」 と思えてしかたなかった。  その記事の中で、難破して1ヶ月ぶりに助けられた方の言葉があった。なんで助 かったのかという質問に「執着しなかったから」というものだったが、すごく僕の心に残った。極限状態では後ろを向いて生きてはいけないということなのだろうか。僕は極限状態でないが、僕もまた、 ”前をみて進まなくてはいけない” と思わされた。

セビリア、グラナダはイスラムの文化が残っている。今日、宮殿を見に行ったがイランが思い出された。イランのビデオテープが無くなってしまったので、昔の記憶を思い出し、その記憶を忘れないように心がけた。今までは心動かされるものに出くわすと、ビデオをまわしていた。これからは物を、じっくりと、今まで以上に見て、小さな事も感じ取り、自分なりの考えを、鮮やかに記憶に留めていこうと思う。記憶は絶対に人には盗まれないから。

 

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