2001年6月4日 アムリトサル

今、いる所は、シーク教というターバンまいた人たちの聖地、アムリトサルです。パキスタンまで約一時間の国境ぞいのまちでもあります。  このシーク教という宗教すばらしい!! どこかの聖地みたいに外国人から高い入場料なんてとらないし、無料の宿泊場があったり、無料で食事くれたり(べらぼうにマズくて、全部食べなくてはいけなくキツいけど)異教徒にまで心を開き、福祉の心をもったこの宗教に尊敬の念を抱いています。

昨日までダラムサラという、ダライラマが亡命している村にいってきました。俺のとまった宿は、ツーリスト向けではなく、チベットから亡命してきた人が宿泊する施設で、外国人よりチベット人ばっかりでした。俺はドミトリー(共同部屋)でチベット人が7人と日本人が2人でした。かすれたステレオから流れる、何年前の歌かわからない曲に合わせ一緒に踊ったりと、彼らは、実に陽気で、笑える奴等でした。

心が打ち解けてきて彼らの過去に触れると、衝撃が俺の中に走った。彼らは実に重い過去を持っていた。  僧だった彼ひとりは政治犯で、中国の公安に逮捕された。政治犯といっても、ただ「チベットに自由を」とデモを行っただけである。捕まったとき、仲間は銃で撃たれて死んだ人もいたようだ。周りが血の海のなか彼は逮捕され拷問をうけたという、なにかあると電器棒で殴り倒されたり、紐でつったり、多くの人は、もう死なせてくれと叫んでいたそうだ。彼はそんな中、3年間耐えた。しかし刑期が終わってもまた、捕まる可能性が高かったという。そのために亡命を決意し、公安に見つからないよう、冬のヒマラヤ山脈を越え、ネパールに着き、そして、ここに来たという。  俺はあまりの無知さに恥ずかしくなった。そんな残虐な事がこのアジアで起きていることを。そして以前、北京に行ったとき、天安門広場に「世界平和願う」ような事を書かれていたのを思い出した。なのになぜ、そんなことを? と中国に強い怒りを覚えた。    寝る前目を閉じて考えた。平和のこと、人が残虐になぜなるかなど。そして心の中で大きく叫んだ 「Free Tibet」 と。

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